8月6日を知っていますか?

昭和20年8月6日(1945年8月6日)

午前8時15分

人類史上初の原子爆弾が、広島に投下されたことをご存じだろうか。

原子爆弾は、投下から43秒後、地上約600メートルの上空で目もくらむ閃光を放って炸裂し、爆心地周辺の地表面の温度は3,000~4,000度にも達したという。

被爆当時、広島には約35万人の市民や軍人がいたと考えられ、35万人の中には、住民、軍関係者、建物疎開作業に動員された周辺町村からの人々などが含まれていた。

当時日本の植民地だった朝鮮、台湾や、中国大陸からの人々や、その他にも、強制的に徴用された人々もいて、中国や東南アジアからの留学生や、アメリカ軍捕虜などの外国人も、35万人の中に含まれていた。

正確な数字ではないが、35万人のうち、その年の昭和20年(1945年)12月末までに、約14万人が死亡したと言われている。


核兵器禁止条約

先月、2017年7月

核兵器の保有や使用を初めて法的に禁じる核兵器禁止条約が国連で採択された。

数十万人が犠牲になった広島、長崎への原爆投下から72年。

「核兵器使用による被害者の受け入れがたい苦しみと被害に留意する」と明記した前文には「hibakusha」(被爆者)という表現が使われた。

だがこの席に日本はいない。


日本が交渉から離脱した理由は「米国への配慮」

この制定交渉には、米国をはじめロシア、北大西洋条約機構(NATO)諸国のほとんどの国と、日本や韓国、豪州も参加を見送った。日本は「棄権」ではなく「反対」の立場をとったが、その意思決定には背景がある。

国内外からは「被爆国なのになぜ?」という疑問や批判の声があがる中、今の日本にはこの条約に参加することができない事情がある。

東西冷戦が終結したとはいえ、世界を見渡せば北にロシア、西には中国という核を持つ大国が存在しており、北朝鮮の危険性も日に日に高まっているのはご存知の通り。

戦力を保持できない日本は有事の際には日米安全保障条約に頼り、アメリカの核に守ってもらうほかないのが現状。また、武力の後ろ盾は日本の外交力(交渉力)にも影響を及ぼす。

米国の核拡大抑止を意味する「核の傘」に守られている日本には米国からの同調圧力が働いたのである。

日本は94年以降、23年連続で核兵器廃絶に関する国連決議を提案し採択されてきた実績があり、唯一の戦争被爆国として核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任してきた。

記憶に新しいが、昨年は当時のオバマ米大統領の広島訪問を実現させてもいる。

日本の不参加は残念でならない。


あなたがここにいてほしい

核兵器禁止を目指す初の国連会議。 日本の空席には、両翼に「#wishyouwerehere」「#nuclearban」と書かれた1羽の折り鶴が置かれていた。

折り鶴には「#nuclearban」(核禁止令)「#wishyouwerehere」(あなたがここにいてほしい)というハッシュタグが記入されていた。

日本が座ったであろう席に「参加してほしい」という意味を込め、折り鶴が置かれたのである。

世界で唯一の被爆国である日本には、核兵器禁止を採択する権利も与えられないのであろうか。

いや、与えられないのではない。日本は権利を放棄したのだ。

世界は憐れみの目でしか日本を見ていない。

被爆国としての自主的判断はそこにはない。


※ 「wish you were here」はピンク・フロイドの1975年に発表したアルバムのタイトルにもなっており、その邦題は「炎〜あなたがここにいてほしい」となっている。

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